【森林(もり)のたより】(岐阜県山林協会 情報誌)にお施主様が載りました!
平成21年11月22日に開催した「水野さんのひいお爺さんが大正6年~8年に植えた東濃檜で家を建てる」ツアーに参加されたお施主様(小池様ご家族)が、社団法人 岐阜県山林協会の情報誌【森林(もり)のたより】に載りました!
(参考情報)
○イベントレポート:「水野さんのひいお爺さんが大正6年~8年に植えた東濃檜で家を建てる」ツアーの報告です!(平成21年11月22日 開催)
緊急指令:樹齢90年の東濃檜を確認するべし!(パート2)
*パート1をお読みになりたい方は下記をクリックしてご覧ください(↓)
○緊急指令:樹齢90年の東濃檜を確認するべし!
ここは、岐阜県恵那市/水野家が、大正5年ごろから、代々守ってきた東濃檜の森です!

木曾東濃檜の森に入った私は、そこで驚愕の事実を聞かされました!
「みなさんが恵北プレカットさんから入れている木曽東濃檜はだいだい樹齢70年前後です。しかし、日本全国で流通している檜材はその多くが樹齢40年程度なのです。なぜだかおわかりですか?」
「・・・・???」
「植林して、苗木の手入れや下草刈り、間伐作業を繰り返すのですが、最低限の人件費や利益を確保するには、せいぜい40年程度で出荷しないと・・・。70年間も檜を守り育てるのは難しいのです。ですから、流通している材木の中で、恵北プレカットで仕入れているような【樹齢70年の檜材】は少なくなってきました。」
「この地方は気候と土地の関係で樹齢60~70年程度は育つまでに必要とされるのですが、林業を継続させるためには、本来であれば、40年程度で伐採したいところなのです」
「なるほど・・・」
「まして、この水野家の森のように、90年以上前に植林されたところは、放置されているだけなのです。すでに数十年前から間伐なども行われなくなっていますから・・・、ある意味 忘れられた森になってしまっています。」
「・・・? なぜ?数十年前から手入れがされなくなってしまったのですか?」
緊急指令:樹齢90年の東濃檜を確認するべし!
平成21年8月18日(火)午後2時半ごろ、市川市で地熱住宅を建てたN邸に向かう途中、私の携帯電話が鳴った。たまたま運転中であったため、電話に出ずに着信者が誰であるかを確認したところ「小栗理事長」と表示されている。
私が長年お世話になっている「恵北プレカット工場/小栗理事長」からの電話だった。
普段であれば、すぐにコンビニに車をとめて、小栗理事長にかけなおすのだが・・・、その時は、何か嫌な予感があり・・・、かけ直さなかったのだ。
5時ごろ、N邸での作業が終わり、車に戻って携帯電話を確認すると、そこには、またまた小栗理事長からの着信があった。しかも、たびたび・・・。
嫌な予感(悪寒に近いのか・・・?)はするものの、これはかけ直さないわけにはいかないようだ。
しかし、この1本の電話によって、私はトンデモナイ世界に引きずり込まれることになる。
先着20名様にプレゼント! 木曽東濃檜の家づくり「地球民家」がよくわかる本(良い家は良い山がつくる)
エコホームズは構造材として「木曽東濃檜」を好んで使用しています。
「なぜ、エコホームズは木曽東濃檜なのですか? 千葉県産(地元)の杉ではダメなのですか? また、他の山地の檜ではダメなのですか?」
同様のご質問をたびたびいただきます。
決して、千葉県産の杉がダメなのではなく、他の山地の檜がダメなのでもありません。
単に、木曽東濃檜が好きだからです。
しかし、好きであることと「なぜ好きなのか?を人に伝えること」は別です。東濃檜が好きだ!好きだ!と叫んでいるだけでは、みなさんに伝わるわけでありません。そこで、木曽東濃檜を感じていただくイベントをおこなっています。例えば、
(倒木更新)親は子を守り、子は親を忘れない!
赤沢自然休養林は「天然林」です。
国有林であり、できるだけ自然のままを残しているようです。
その中で数百年も生き続けた檜が倒れます。
檜の丸太を加工します!
岐阜県中津川市坂下にある「共和木材工業株式会社」で檜の丸太が加工されます。
私達が土台・柱に使用している「木曽東濃檜4寸角材」はだいたい70年前後の丸太からとります。つまり、70年間、せっせと二酸化炭素を吸収して「地球温暖化防止」に貢献してくれた木を利用するのです。
(余談ですが、国・市町村が本気で【地球温暖化防止】を考えると、全ての施設は木造建築物にするべきですね。)
70年かけて成長した木曽東濃檜を使用するのですから、私達が建てる住宅の構造は、最低でも70年は長持ちしてもらわないと困ります。
*私達が考える「長持ちする家造り」については、こちら(↓)をクリックしてご覧ください。
★地熱利用ってなんですか?★
1)檜の丸太です。
2)製材所で丸太が加工されます。
3)柱・土台になる部分以外も板材として利用します。
4)木造住宅の構造です。
土台・柱は「木曽東濃檜」です。
【木は環境にやさしい】

★森は呼吸する★
地球をつつむ大気は、だいたい80%が窒素で、残りが主に酸素です。しかし地球上には、はじめから現在のような組成の大気があったわけではありません。地球誕生の当初、大気は火山ガスのようなもので、硫黄化合物や二酸化炭素や窒素が主体だったと考えられています。やがて植物が繁殖するようになると、光合成が行われることによって地球との大気の組成は大きく変わりました。
【木材のルーツ】
日本は古くから「木の文化」として性格づけられるほど、日常生活の中にまた、あらゆる建築物に木材を用い、かつ親しんできた。縄文・弥生時代にかけての竪穴住居、古墳時代の埴輪家に見るような豪族の屋敷、王朝時代の宮殿などはすべて木材によることは言うまでもないが、時代が下がって明治に西欧文明を受容するまでは、たとえば永遠性を求める宗教建築にも、防衛第一とする城郭もすべて木材で構築し、それ以外のものを用いることは皆無であった。おそらく日本はこうした面で世界唯一のものであろう。
先史時代から古墳内部の巨大な石材の組み立て、近世城郭の石垣を築いた石材の技術にも事欠かなかったのであるが、木材が用いられ続けてきた。
木あるいは木材は、日本人にとって単なる物質ではなく、精神的なつながりを有するものであったことは、木魂「こだま」とか木霊「もくれい」という古い言葉の中からも理解できるものである。
私達の祖先は、古代においても木についてのかなりの知識を持ち、その材質を良く知り、適材適所に使い分けたことが「日本書紀」に記されていて興味深い。
木の話

「木曽路はすべて山の中である」と島崎藤村が【夜明け前】で書いているように、木曽は険しい山の中にあります。
そこにあるのは「木曽五木」といわれる「ヒノキ・サワラ・ネズコ・アスナロ・コウヤマキ」が多く、その中でもヒノキがもっとも多いのです。
ひのき・ヒノキ・桧・檜は日本各地で生産されますが、特に木曽ひのきは、秋田のスギ、青森のヒバ(=アスナロ)とともに【日本三大美林】と言われ、古くから日本人の心の中に存在していました。
日本の住宅は「木の家」です。棟梁(大工)が地元の「木の家」を守ってきました。しかし、ハウスメーカーという「日本にしか存在しない特殊な会社」が登場したことにより、日本の住宅は変わりました。ハウスメーカーは「鉄骨の家」「鉄筋コンクリートの家」「集成材の家」を広く普及させました。
これは、経済の高度成長期において「どんどん家を建てる」状況にはピッタリであり、ハウスメーカーの成長と、各地において「ビルダー」とよばれる大きな工務店の発生を促進したのです。
ところが、バブル経済の崩壊と一緒に、住宅産業は大変革を迎えることになってきました。いろいろな点で変化が発生したのですが、大きな変化としては:
1)永遠に繁栄しつづけると思われていたハウスメーカーが続々倒産していったこと。
2)日本人の原点である「木の家」がブームになってきたこと。
3)石油製品である新建材(およびその関連素材)によって「シックハウス」という負の遺産を作り出してしまったこと。
この3つの事象は、これからの住宅業界が「木の家」に回帰していくことを象徴しています。
一方で、木材の生産地においては、後継者問題・生産量の低下によって「日本人の心の住まい=木の家」を支える体制が徐々に衰退してきたのです。近年、住宅建築における国産材の使用量が減り、輸入材がどんどん増えてきたことによって「山が衰退した」ためです。
つまり、ぎりぎりのタイミングで「木の家ブーム」が発生したため、これから日本各地の「山」が生き返る可能性が高まっています。
しかし、国産材の復権が本当に実現するのかどうかは、10年後にならなければ誰も明言できないことでもあります。
このブログは【日本の伝統文化=木の家】を未来の子供達に引き継ぐため、山地(特に、木曽東濃檜)を懸命に守り育てている人達を紹介していくためにスタートしました。
「木の家」が大好きな方、いつでもコメントにご意見をお書きください。
みなさんからのご意見・ご感想が「日本の文化」を守ることにつながっていきます。
御神木
赤沢自然休養林の中を歩いていくと、こんな看板に出会います(↓)
伊勢神宮では、20年に一度、社殿などを新しくする行事があります(式年遷宮)。それに使用されるのが【御神木】です。
ここ赤沢自然休養林では、前回の式年遷宮(第61回)の御神木伐採跡地があります。










